コラム

No.4 インフレとは

2022.07.07 その他
No.4 インフレとは

1.インフレとは

インフレ率とは、物価の上昇/下落の動向を意味しており、消費者物価指数の変動で計るのが一般的です。上昇していればインフレ、下落していればデフレと呼ばれます。消費者物価指数とは、一般的な家計の生活費全体がどの程度上昇/下落したのか?を測るためのツールです。いわば大きな買い物かご全体(=生活費)の価格変動を調べるようなものです。

この生活費を知るために、総務省は約9000世帯に毎月家計簿を付けてもらい、どのような品目が買われているのか(重要度の高い約600品目を選定)、その品目はどの程度買われているのか、を調べていきます。このようにして家計の買い物かご全体を推定し(=生活費)、生活費トータルの価格動向を調べたものが物価統計なのです。

例えば、ある月の家計の生活費トータルが20万円から24万円へ上昇した場合、物価は2割上昇したことになります。同じ事の裏返しですが、1万円の貨幣価値が2割下落したと言うこともできます。1万円で一枚1000円のDVDは10枚買えますが、価格が1200円に上がれば8.3枚しか買えなくなります(1万円の価値が2割減少)。インフレとは貨幣価値の減少とよく指摘される所以です。

 

2.携帯料金低下はデフレ圧力?

「携帯電話料金が下がれば、物価低下圧力が働く」といった議論を聞くことがありますが、上記のような消費者物価指数の計算方法を知れば、これが大きな誤解であることが分かります。物価とは生活費トータルであり、携帯電話料金低下が生活費トータルへどのように影響するのか、を考えなければなりません。

例えば、携帯電話の利用料が月額1万円から5000円へ低下した場合を考えてみましょう。通常の場合には、そこで浮いた5000円を他の支出へ回すかも知れません。又はこの値下げが無かった場合には、他の支出項目で何らかの節約を考えていた可能性もあり、その場合には携帯電話料金の値下げを受け、その節約行動を緩めるかも知れません。結果として、携帯電話への支出ウェイトが下がり、他分野への支出ウェイトが少しずつ増加するようなことは起こり得ます。

皆が同じことを行った場合には、携帯電話料金は下がりましたが、他分野の価格は少しずつ上がる可能性もあります(皆が買う量を増やした)。このような行動変化まで考慮すると、携帯料金値下げが買い物かご全体へ及ぼす影響は限りなく小さくなることが分かります。

3.インフレを起こす原因は?

それでは、インフレを起こす原因とはどのようなものが考えられるのでしょうか?経済学の教科書には様々な要因が挙げられていますが、大胆に纏めると以下の二つが最も有力な候補と言われています。

 

~インフレを起こす原因①(マネーサプライ:マネーストックとも呼びます)~

インフレを起こす要因は様々なものがありますが、最も重要なファクターはマネーストックと考えられています。マネーストックとは世の中に出回るお金の総量のことであり、現代では現金に預金を加えたものとなります。モノの総量が変わらない中、世の中に出回るお金の総量だけが増えれば、モノの値段が上がる蓋然性は高まります。この辺りは直観に近いので分かり易いのではないでしょうか?

マネーストックを増やす要因は、銀行与信と財政支出(+銀行による国債の買取)の二つ(注1/注2)があります。例えば、銀行与信ですが、一般的には銀行は一旦預金を受け入れ、その受け入れた預金を元手として貸出を行うと誤解されることが多いですが、事実は全く異なります。銀行与信は貸出実行と同時に同額の預金を新規に生み出しており、実は元手など一切必要ありません。住宅ローンなどを借りたことがある方なら、ローン実行と同時に自らの預金通帳に同額の預金が一旦振り込まれた経験があるはずです。住宅ローンの場合、この預金は直ちに建築業者等に送金されてしまい、自らの預金通帳はゼロに戻るため、多くの人は自分が預金を手にした事実をあまり認識していないはずです(借金だけが残ります・・・)。但し、送金された資金は必ず誰かが受け取っており、世の中の預金量を確実に増えています。これが無から有を生み出す銀行与信の本質であり、マネーストックを増加させるドライバーとなります。また銀行や中央銀行引き受けによる「国債発行+財政支出」もマネーストックを増加させる要因です。例えば、2022年5月の日銀統計では、現金110兆円強に対して、預金1400兆円、合計1500兆円強が日本のマネーストックとなっており、現代のマネーストックの主役は預金です。リーマンショック前は1000兆円強で推移しており、過去10年で5割近い急増となっています。

 

  • 中央銀行(日銀)による金融政策によっても「お金」を増加させることは可能ですが、その「お金」とは日銀に存在する当座預金(銀行同士又は銀行=日銀間の資金決済に使われる特殊な預金)のことを指しています。当座預金は現金(=日銀券)として引き出すことが可能であり、潜在的なマネーストックにはなりますが、飽くまでそれは現金として下ろされた金額のみがマネーストックとして計上されます。したがって、2022年5月時点で存在する日銀当座預金(約550兆円!)は世の中のお金の総量を示すマネーストック統計には含まれていません。
  • 銀行が国債(新発)を購入すると、銀行が保有する日銀当座預金から政府が保有する日銀当座預金に資金が移ります。国債発行で資金を手にした政府は公共事業を行い、小切手によりその代金を民間業者に支払います。企業はその小切手を取引する銀行に持ち込み、取り立てを依頼します。取り立てを依頼された銀行はそれに相当する金額を民間業者の預金口座に振り込みます(ここで預金が生まれています)。民間銀行はその代金の取り立てを日銀に依頼し、日銀は政府が保有する当座預金から民間銀行が保有する当座預金へ振り替えます。不思議な話に見えますが、国債の発行(+その支出)により、その分だけ世の中の預金量が増えていることが分かると思います。

 

 

~インフレを起こす原因②(人々の期待)~

上記の通り、マネーストックの急増はインフレを引き起こす大きな原因にはなりますが、これだけではインフレが起きるとは断言できません。もちろん、世の中に出回るお金の総量が急増すれば、インフレになる蓋然性は確実に高まるのですが、増えたマネーストックを誰も使わずにそのまま放置した場合、当然ですが何も起きません。インフレになるのは、マネーストックが何かに使われた場合です。ではどんな時それが使われるのか?それは皆が「インフレになりそうだ!」と考えた瞬間です。それが「インフレ期待」というメカニズムです。

インフレを起こす原因として、マネーストックに加えて、人々の期待もそれと同じくらい、場合によってはそれ以上に重要なファクターとして知られています。例えば、人々が年率5%のインフレを予想しているケースを考えます。この世界では、スーパーの経営者はその程度のコスト上昇を織り込んでそれ相当の価格改定(値上げ)を行うはずです。1年、2年ならまだしも、5%のインフレが何年も続いている世界において、値上げしなければ間違いなく倒産します。結果としてこのようなスーパーが増えれば、1年後のインフレ率は予想通り5%程度になるはずです。このような世界では、人々の事前予想(インフレ5%)が事後的にその通りに実現することになり、人々は自分の予想があっていたことに自信を深め、来年以降のインフレ予想に関しても更に確信を深めるでしょう。一旦経済がこのサイクルにはまると、そこから抜け出すのが非常に難しくなります。なぜなら、人々の予想が簡単には変わらないからです。このような世界では、賃金も5%程度は上昇しているはずです。毎年5%程度の物価上昇が続く世界では、賃金横ばいでは毎年買い物して手に入るモノの量が減ることになり、労働者はそれを防ぐような賃上げを要求するのが普通です。その賃上げを受け入れた経営者もそれ相当の製品価格引き上げを図り、上昇した賃金の価格転嫁を図ろうとするため、結果として物価は上昇することになります。正に予想⇒実現⇒予想の終わりなきサイクルです。実際、1970年代から80年代にかけて、米国はこのサイクルにはまり込み、10%を超えるインフレ率に苦しみました。中央銀行は金融を引き締めていき、一生懸命にインフレ率を抑制しようと努力するのですが、一向に労働者の賃上げ要求は収まりません。最終的には、当時のFRBポール・ボルカー議長により政策金利は20%以上まで引き上げられ、経済全体の大減速という多大な代償を払いつつ「中央銀行の不退転の決意」を行動で示し、漸く人々の期待を変えることに成功します。2000年以降の日本はこの逆であり、デフレ予想が定着してしまい、そこから脱却するのに苦労していますが、背景のロジックは全く同じです。人々の予想には強力な粘着性があり、粘着性が故に予想が自己実現してしまい、そのサイクルから抜けるのが困難になるのです。

4.「人々の予想」の予想は難しい

インフレには人々の予想が重要である点を説明しましたが、「人々の予想」の予想は更に困難となります。例えば、異様に膨らんだマネーストックを見て、人々はどのような予想をするものなのでしょうか?そこにインフレの香りを感じた場合には、モノの値段が上がる前に買い物を始めたり(例:マンションを買う)、自国の高インフレを予想したような場合には、資産を海外(外貨)へ移す動きが始まるかも知れません。賃金交渉においては、賃上げの要求が強まる可能性もあります。現在のアメリカや日本にはこのような兆候が見られます。

特に日本においては、深刻な財政問題もあり、資産を海外へ移す動きが出ている点は要注意でしょう。円安自体がインフレ率を引き上げる要因となるため、前述した自己実現のサイクルが始まる可能性があります。インフレ予想の上昇⇒外貨シフト⇒円安⇒インフレ実現⇒インフレ予想の上昇、というサイクルです。米国においては、賃金上昇の動きが強まっており、歴史的に低い失業率の環境下において、この流れが更に強まる可能性もあります。このようにしてインフレ予想が一旦定着してしまうと、中央銀行による多少の引き締め決意程度では予想を変えられなくなる可能性があります。

 もちろん、結果は真逆となる可能性もあります。例えば、中央銀行が断固たる行動(インフレ抑制=引き締め)を取る姿勢を見せ、その本気度合いを人々が肌で感じた場合には、今度は深刻な景気後退リスクが意識される可能性すらあります。特にインフレリスクをあまり織り込んでいない日本においては、人々の関心が景気後退リスクに寄ってくる可能性もありえるでしょう。こうなると日本はデフレ期待へ後戻りすることになります。足元の日銀は世界の中央銀行とは異なる行動を取っており(量的緩和政策の継続)、非常に目立っていますが、もしかしたらこのような背景があるのかも知れません。

 このように、人々の予想がどちらに転ぶのかを事前に予想するのは非常に困難なことが分かります。結果は真逆なのですが、どちらも同じように起こり得ることだからです。予想の予想をあまり確信的に行うと、取返しのつかない失敗に繋がることもあります。例えば、日本でもインフレ予想が広がり、実際インフレ率が高まってきた状況を想定します。この状況を危険と判断した日銀が金利引き上げ(インフレ抑制=引き締め)の行動を強めた場合、政府の利払い負担が更に増加する事態を招くため、場合によっては更なる財政支出増加⇒インフレ期待上昇という全く意図しない予想を招く可能性すらあります。正に火に油を注ぐ結果です。実際、このような事例は1980年代のブラジルで起こっています。

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