<まとめ>
- VIX指数が急上昇した局面で投資をすることが出来れば、その後のリターンは高くなる
- 具体的にはVIX指数が40を超えるタイミングでは、絶好の買い場となることが多い
- しかし、論理的な投資家であるほど、VIX40を超えるタイミングで投資を開始することは難しくなる
1."市場の混乱期”は株を買う好機?
過去の株式チャートを広げながら、“事後的”に絶好の買い場を見付けるのは簡単です(当然です)。チャート上には株価が大きく下がった瞬間が多数出現しているはずであり、2-3割の下落局面なら2-3年に一度くらいの頻度で起きているはずです。そのような「混乱の極み」で上手く株を拾うことができれば、短期間で大きな利益を簡単に得られるかも?という錯覚に陥っても不思議ではありません。皆様の中にも、そのような局面を狙って株式を買いたいと思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
今日のコラムでは、このような“儲け話”は幻想であることをお伝えしたいと思います。特に次のような条件を満たすと自覚されている方ほど、この儲け話は絵に描いた餅で終わるはずです。例えば、
1)日頃から新聞・雑誌・ネット等様々な媒体を用いて熱心に情報収集を行っている、
2)高い判断能力と良識を備えている、
3)ロジカルに物事を考える習慣がある
等です。これらの条件を1つでも満たしていると自覚されている方は、諦めた方が良さそうです。「それでもチャレンジしてみたい!」、そんな方がいらっしゃる場合には、以下の話に少しだけお付き合い下さい。もしかしたら、この投資機会をモノにできるチャンスが僅かに上昇するかも知れません。
2.~ 買い場到来!と思える瞬間 ~
【表1】過去のVIX指数の推移
市場が混乱する瞬間では、株式に限らず、低格付け社債、REIT等あらゆる資産が同時に下落するのが普通です。直近では2020年3月のコロナショックが記憶に新しいところです。いまでこそコロナウイルスの正体は少しずつ解明されつつありますが、当時は正体が分からず、世界では都市封鎖が一斉に実施される瞬間でもありました。都市封鎖を行った場合の経済的な影響、都市封鎖をやらねばならない時間軸等、あらゆることが不透明な中での壮大な社会実験のような様相でした。
一方、過去を振り返ればこのような混乱はそれほど珍しくもなく、数年に一度の頻度で起こっているのが現実です。このような市場の混乱期を特定するための便利なツールとして、VIXと呼ばれる指標があります。よく“恐怖指数”と呼ばれることもあるため、聞かれた方も多いと思います。平常時は10-20くらいの間で動いていますが、市場に何らかのストレスがかかると30-40といった領域へ跳ね上がる傾向があります。ここではVIXの細かい話は避けますが、以下に示すVIXの過去30年間の推移をご覧頂ければ、VIXが市場の混乱期を上手に捉えている様子が分かるかと思います。
VIXが30-40まで上昇するようなタイミングは、後から名前が付くような市場の混乱期(〇〇ショック)であることが多く、過去30年間に目立ったものだけでも8回存在しています(3-4年に一度!)。前述した“儲け話”を実現させようと思う場合には、このようなタイミングで株を買う必要があります。でも、なぜそれが難しいのでしょうか?
例えば、2011年3月の東日本大震災の際にもVIXが急上昇しています。この時も株式市場は大幅に下落しており、例えばTOPIXは▲2割近い急落となりました。株式市場で利益を上げることを目指す投資家は、このようなタイミングで買い向かわなければなりません。正に買い場のはずです。でも実際にこれを実行しようとすると、先ほどの3つの条件(情報収集に熱心、高い判断能力、ロジカルな思考法)のどれかに当てはまる人ほど体が反応しない(買えずに固まってしまう)、場合によっては持っている株を売ってしまう、といった体験をするはずです。なぜか?
それはその瞬間がとても株を買うような場面には見えないからです。連日のようにネガティブな情報が報道され、判断能力の高い人ほど株を買う合理的な理由を見い出せず、むしろ株を保有する合理的な理由が全く無くなっていることに気付くでしょう。
2011年のケースでは、震災が発生した直後から福島原発が制御不能になりつつあり、震災発生の翌週にはチェルノブイリ原発事故とほぼ同じような状況(危機的状態)に陥ります(その様子は映画Fukushima50にも詳細に描かれています)。福島原発の現場では、そこに関わる人々が死を覚悟しながら制御を取り戻そうとしていたのです。その当時はそこまで詳細に報道されていませんでしたが、あと一歩で首都圏全域が数十年間立ち入り不能となるような放射能汚染に晒される一歩手前だったようです。現在の我々は、一時は制御不能に近い状態に陥った原発もその後は制御を取り戻し、不幸な事故にはつながったものの、懸念された最悪の事故はぎりぎりで避けられたことを知っています。
しかしそれは単なる結果論であり、少なくとも震災直後の時点では誰も知り得ない話です。そのようなタイミングで株を買うという行為は、無知又は愚かさの極みであり、少なくとも分別と良識を備えた大人が正常の精神状態で簡単に出来ることではありません。これが前述した“儲け話”の実態です。「絵に描いた餅」と表現しましたが、その意味がお分かり頂けたのではないでしょうか?VIX30-40のタイミングで株を買うということは、常にこれと似たような状況になります。情報を収集し、冷静且つ合理的に判断すれば、株は「売る合理性しか存在しない」。そんなタイミングこそがVIX30-40という瞬間なのです。よく「現在の株価は上昇し過ぎであり、下落を待ってから買いたい」と話す人は多いですが、現実にそれを実行できた人は少ないはずです。それには上記のような背景があるからです。
【表2】VIX指数急騰時に購入できた場合の、その後のリターン
~ 買い場到来!で勇猛果敢に投資できた場合を検証する ~
それでは、株価の大きな下落タイミング、つまりVIX30-40という瞬間を捉えて株式を買えた場合には、その後どのようなリターンが獲得できたのかを見ていきましょう。以下は過去30年強の米国株式のデータに基づき、VIXが40を超えたタイミングで投資を開始した場合、同30を超えた場合、同20を超えた場合の各場合別の実現リターンを纏めたものです。各リターンは2年間の累積リターン(非年率)で示しています。この期間の平均では2年累積+24.7%とそれほど悪くないリターンが実現していますが、例えばVIX40を超えたタイミングで投資を開始していれば、その後の2年間で+55%を超える大きなリターンが実現していることが分かります。
3.まとめ
逆説的ですが、株を売る合理性しか存在しないタイミングで実際に投資を始めれば、驚くようなリターンが実現したことになります。米国の著名投資家であるウォーレン・バフェット氏は、「皆が貪欲な時は恐怖心を抱き、皆が恐怖心を抱くときは貪欲であれ」という名言を残していますが、正にこの事を指しています。市場で他人より大きなリターンを上げたいと願う場合には(多くの人がそう願っています)、他人と同じことをやっていてもダメであり、その究極が株を売る合理性しか存在しないタイミングで株を買うことなのかも知れません。常識的には愚かに見える行動ですが、ここまで読み切って「愚かになり切れる人」は、一周回って投資の達人になる可能性があります。
競争が激しい資産市場では、動物的な勘(直観)が奏功するほど甘くはなく、「敢えて一周回れるか否か」が鍵を握ることがあります。ある書籍に拠ると、航空機が失速しそうになった瞬間、人間は本能的に操縦桿を手前に引く(つまり上昇させようとする)そうですが、正解は向こう側に倒すことだそうです(つまり下降させようとする)。向こう側に倒せば航空機の高度が下がり、結果として速度が増し、失速を免れるというメカニズムが働くからです。このように、航空機を動物的な勘で操縦すると間違いなく墜落するため、パイロットは危機時を想定した厳しい反復訓練を行うのでしょう(正に直観を封じこめる訓練と言えます)。
投資の世界もこれと似ています。冒頭の“儲け話”を実現させるためには、自らに湧き上がる動物的な勘を強烈な意思で封じ込め、「愚かになり切ること」が必要です。そんな時、VIX40超のタイミングは投資の好機という予備知識が、ささやかなサポート要因になるかも知れません。もちろん、出来なくても落ち込む必要などありません。通常の人間には元々出来ないことであり、訓練と経験を積んだ一部の投資家だけが出来ることだからです。